~かけがえのない歯を大切にする治療、価値ある治療結果、そしてつらくない治療をめざしています~

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日々雑感

先の先(せんのせん)

前回、先をとる
という言葉について書きましたので

今度は
「先の先」(せんのせん)
で行きたいと思います。

私も専門家ではありませんので
私の理解に過ぎませんが

先は「先手を打つ」の先で
例えば相手が剣を振りかぶって構えて
対峙したあと、
相手は心を決めて
打ち込んでくるわけですが

相手が心を決めた瞬間に
そして動く直前に
こちらが出る

どうやって
相手が動き出す前のタイミングを
知るのか

何を見ているのか

私もわかりません
先立つわずかな動きなのか
目の色なのか
呼吸なのか
雰囲気?

なぜか
型の稽古をしているときは
知ることができます。
野生の感性が
呼び覚まされるのでしょうか

完全に気配を消す相手だったら
怖いでしょうね。
一度ロボットが読めるかどうか
やってみたい


ところで先日
麻酔のスピードについて
書きました。

麻酔薬を注入して
患者さんの心拍が早くなりそうなら
注入速度を遅くする

ドキドキ苦しくなってから
遅くするのではありません。

また、治療を進めていて
そろそろ患者さんが
今どうなっているのか
不安になってくるかも、
と思ったら

マイクロスコープの映像で説明する
今ここまで来ました
次はどうします、とか

治療を受けた経験が少ない患者さんで
もし痛んだらどうしようかと
不安なんじゃないか、と思ったら
先に説明する

「この方法で麻酔すると
まず問題ないことが多いですが
万一痛かったり問題があれば
対処しますので
決して我慢せずに
教えてください。」

「一回目の治療で
麻酔が効きにくかったときは
そこまでで薬を入れて
セメントで蓋をします。
次回まで薬を入れておくと
次回は麻酔が効きやすくなりますので。」
とか・・・


先の先、だと思っています。

タイミングを逃すこともありますが
その場合はすみません・・・

ここまでこだわると
時間も治療コストも当然かかってしまうのですが、
ちゃんと費用はいただいていますので大丈夫です。
それでも、
私自身が受けたいと思う
理想的な歯科治療でありたいと思っています。


こう考えると
治療もそうですが
コミュニケーションは
先の先がポイントなのかなと
感じました。

稽古の中でそういう感性を磨くのも
楽しみの一つかなと思っています。







 
2021年04月01日 10:36

「とらわれない」について

合気道の型稽古で
相手がこちらの手首をつかむ、から始まる
型が多くあります。

例えば相手に右手首をぐっとつかまれると
「捕まった」(とらわれた)と感じて
体も心も止まってしまいがちです。

つかまれた瞬間にとらわれたと感じるから
体が硬くなり、
心まで止まってしまう

しかし実際に動かないのは
つかまれた右手首だけで
左手も足も体幹も首も動きます。

つかまっている右手でさえ
肘も肩も指先も動かせます。

さらに言えば
捕まっている自分の右手首の中の骨を
くりくりと動かすこともできます。
ただし自分の力が抜けていれば、です。

そして
さらに言うなら
心は自由です。

つまり
ネガティブな要素の
ネガティブな部分を見てしまって
心までとらわれてしまわないこと
硬くなって
止まってしまわないこと

そもそも
出来事をネガティブにとらえたなら
その時点で
すでに先(せん)を取られているの
かもしれません。

そうならないための稽古でもあるのかなと
勝手にではありますが
思っています。






 
2021年03月26日 13:20

新年

新年、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

正月休みは診療室に来て
床を磨いておりました。

診療室の床がきれいなことは
当たり前のことで
合気道の稽古が正月で休みなので
その代わりに
こういう、当たり前のことを
腰を入れて
一生懸命やろうと

武道家は準備運動をしないという話を
以前聞いたことがあります。

やってもいいのでは、とは思いますが
こういう話がなぜ出てくるかと
考えますと

日常の動作そのものが
足腰を使い、姿勢を正し
心が「居着く」ことなく

準備ができている、ということなのでしょう

ぐうたらな自分には高い目標ですが
修行したいと思います。

まずは、当たり前のこと、を
腰を入れて
しっかりやってみようと思います。
2021年01月07日 14:50

活動的ということ

患者様を見ていて
最近は、ご高齢でも
お元気な方が
大変多くなったと感じます。

そのような方々を見ていて思う共通点は
皆さん、肉体的に、または精神的に
「活動的である」ということです。

身の回りのことをこまごまとやっていたり
社会的つながりを維持していたり
運動をしていたり
栄養に気を付けていたり
健康チェックを受けていたり
といった人もいれば

一見そういったことに無頓着に見える人でも
元気な人は
心を使って
好きなことや、やりがいを感じることを
やっている人が多いと感じます。

では活動的であり続けるような
「前向き」な心は
どうやって得るものでしょうか。

それを知りたいところです。


私が趣味の合気道を続けている目的の一つが
前向きな心を身に着けたい、というものです。

武道家と呼ばれる人たちは
をとってもかくしゃくと活動しているイメージ

私が合気道を習っている先生は
書や剣、それ以外にも様々な道に通じていて
いわゆる現代の武道家だと思います。
唄も段持ちです

私は時々子供クラスの面倒を見させていただくことがあるのですが
子供たちに大声で指導していると
すぐに喉がガラガラになってします。

つまり腹から声が出ていない
声を出す訓練ができていない
これはスキルの問題だと思います。

ちゃんと声が出せないと
いざというときに子供たちに、ちゃんと叱る
ことができません。

「叱る」と「怒る」は全く別物で
感情の問題ではなく、スキルだと思われます。

ちょっと脱線しましたが
私のやっている武道で心について語るとき
こんな話があります。


ちょっと部屋の隅に歩いていく時でも
「体」が動いてから
「心」が動くのではない。

まず心が先に
「そこに行こう」と思うから
体が動く

どんな時でも
必ず先に心が動く

だから
心を鍛えると


「ようしやるぞ」という心もあれば
いちいち気合をいれなくても
すっと動く心、というのもあると思います。


試合やけんかに勝ったから
勝ち、なのではなく

人生の最後まで
前向きな心を持ち続けられた人こそ
本当の勝者と。

うーむ、頑張ります。


一方で
日本全国の平均を見ますと
75歳以上の後期高齢者の
実に88%が
要介護認定されているらしいです。

骨折や脳梗塞などの
イベントを機会にして
活動をあきらめてしまう人が多いと
言われています。

リハビリも体も
大変だと思います。

でも可能ならば、
まだ残っている
「できること」に着目していただき

歯が悪くなってしまっているなら
残せる歯をきちんと治療して
たんぱく質をしっかりとり
筋肉強化で

前向きな時間を
過ごしていただけたらと
思います。























 





 

2020年11月29日 10:37

「共感力について」

先日、昇段審査を受けますか、というお言葉をいただき、
大変光栄なのですが

技や動きは、
やればやるほど身についてゆくように
感じていますが

なかなか難しいのは
心のほうです。

高段者の先輩方は
明らかに大人というか
何か違う感じがあって

自分が子供ぽい?のかもしれませんが


最近思うのは

自分は他の人が大事に思っていること
そういう繊細な部分に対する
共感力、が足りないのではないかということ

先日も
後から、しまったなあ、と思うことがありました。

この共感力を磨くというのは
どうしたらいいのか、
考えました。


わかったふりをすればいい、
ということではないのはわかります。

一つは、経験でしょうか。
経験すればわかることもある、
これは事実だと思います。


あと最近もう一つ、ヒントを見つけました。

ある本で
ネガティブ・ケイパビリティという言葉に出会いました。

とある精神科医の書いた本でしたが

今の時代はとにかく急いで結論を出したがる世の中で
素早く到達することで
わかった気になってしまう。


ネガティブ・ケイパビリティとは

「共感を持った探索をするためには
探求者が結論を棚上げする
創造的な能力を持っていなければならない」


それはつまりこうなんでしょ、とか
わかるよこうなんだよね、とか

そうやって性急に結果を出すのではなく、
答えのない、出口の見えない状況に
じっくり耐える能力

先の見えない状況の中でも取り乱さずに

必要な時間をかけて
深く感じるための胆力を培う


自分が思うに
それができる人は
なんというか、先の見えない
暗闇の中でも
根本的なところで
楽天的というか

腹が据わっている
ともいえるかもしれません。

腹の据わり
武道的なところに戻ってきました。
課題はそこかもしません。
2018年08月30日 00:00

「腰眼(ようがん)について」

歯科医はある程度の年齢になると腰痛が持病という人が
多くなります。
体をねじって患者さんの口の中を見たり、治療したり
する事が多いからだと思います。

私はおかげさまで
腰痛は無いです。

たぶん診療の時に
体をねじらないからだと思います。
来院されている方はご存知の通り
私はほとんど顕微鏡を使って治療しますので
ねじる必要も、覗き込む必要も無いからです。

まっすぐ座って
前を見ると
目の前に治療する歯がくっきり見える、

本当に歯科用顕微鏡を導入して
良かったと思います。

あとは普段から
正座とか
座る練習をしているのも
関係あると思います。

合気道の時に
正しい正座とか
立ちかた座りかたも練習します。

正しい座りかたをしていると
押されてもバランスが崩れず、
股関節に重心が乗っているので
自在に動く事が出来ます。

冬に1時間正座をする行をやりますが、
それをするとちょっと正座がわかる気がします。

背骨の両脇の、腸骨の縁に
腰眼、というつぼがありますが、

正座の時にはその腰眼をきゅっと立て
股関節の中心に重心をのせ、
上半身は肩肘張らず
ふわりと腿のうえに手を置く。

肩肘はって胸を張りすぎると
対面する相手に威圧感を与えます。
そもそも相手に威圧感を与えてしまうのは
合気道のコンセプトから外れてしまいます。

安定した感じ、そして力の抜けた感じ
そのポイントは
腰眼にありそうです。

練習の時に袴をはきますが
袴には背当て、というのがあります。
腰眼を守り、腰眼を鍛える
らしいです。

座りかたを学んだ事で
最近寿司屋のカウンターとかでも
何となく違和感無く
座れるようになってきました 笑

まだそんなに居心地が良いわけでは
ないですが 

顕微鏡とか合気道とか
いろいろな事が
おかげさまで
いいタイミングで
めぐりあわせている感じがしています。
2017年04月29日 00:00

「耳と目」

最近通勤中に時々思うこと
があります。

周りと自分が見えていない
怖さというか

人の良さそうな背広の中年男性が
満員電車で足を大きく開いて立っていて
周りの迷惑に気づいていなかったり

イヤホンをして
スマホを見ている高校生が
電車の座席が開くと
一目散に駆け寄って
座ってまたスマホを見るとか

混雑した駅で
ちょっとぶつかりそうになっただけで
舌打ちをするとか

一緒に合気道やりませんか!(笑)と
言いたくなります。

私自身もすぐ周りが見えなくなりやすかったのですが
歯学部で鍛えられた?のと
経営者として多少社会に揉まれた?のと
合気道のおかげで
ちょっとだけ変わったと思いたいです。

合気道は1対1でなく
1対多人数を前提にしていますので
自分の軸を立てて周りを見ます。

まず目の前の180度が見え
半身を切り替えると後ろの180度が
見えます。

周りを見ながら
一人の相手に対応する練習をします。

そうやって鍛えている間に
自分の周りの小さな変化に
気づけるようになりたいと思っています。

武道の本で
『耳で見て、目から聞く」という言葉を見て
なるほどなあと思った事があります。

音や声から状況を感じ取り
相手の様子からその人の物語を聞く。


歳をとるほど
目も耳も衰えるのかもしれませんが、

見えなかったものが見えて
聞こえなかったことが聞こえるように
なりたいと思っています。

これは歳を重ねた者が魅力的であるために
欠くべからざるものではないかと思うのです。
2017年03月19日 00:00

「ストーブと風邪」

また年が明けてしまいました。

皆様、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

去年の年末はなかなかアポイントが取れなくなってしまい
大変ご迷惑をおかけしました。
この問題を正月明けから
何とかしなければと考えています。

今日、初詣に行っておみくじを引いたら
「勢いのあるうちに動きなさい」みたいなことが
書いてありました。
さすがです。

動いた結果はいつでも
いい時もあればよくない時もある。
でも根本的なところがぶれなければ
まず大丈夫だろうと
感じています。


ところで
冬休みに入って
診療室に行って事務的な仕事をしているときは
すこぶる調子がいいのですが
家で掃除して
ストーブの前でごろごろしていたら
風邪をひいてしまいました。

まだまだですね。

自分が今研修に通っているセミナーの
講師の先生は歯科技工士ですが
すでに80歳で
バリバリの現役で仕事をしています。

どちらかというと
日本より世界で有名な人で
世界的に有名な歯科医の多くが
その人の指導を受けたり
多大な影響を受けたりしている。

え、ここ?と思うような
下町の古い技工学校で
セミナーをしていますが
今も世界中から招聘される第一人者で
理論も最先端、一流です。

その先生はむかし剣道をやっていて
若かりし頃、ニューヨークに渡って
お金がないとき
剣道の指導の助手をしていたらしいです。

そして今でも朝夕200回ずつ
日本刀を振っていて

ちょっとした腰痛などの不調は
丁寧に剣を振ると
治ってしまうらしい。

その話を聞いたとき
この人は武道を「内面化」しているな
と思いました。

昼食をとりながら
「いやあ大学とかで
専門にやってる人たちには
試合ではかなわないんだよ」、と
その人は言ってましたが

そういうものではないように
思います。

私の合気道の師範もよく言っていますが
きっと武道は
一本取ったら勝ちとか
打ちのめしたら勝ちとか
そういうものではない。

いろいろ考えはあると思いますし
むかしは私もそれがどういう意味なのか分かりませんでした。

でも今この歳になって思うことは
武道をやるうえでの真の勝者は

武道を深く「内面化」して
気持ちと体を使い
弱さをよせつけず、
人生を長く、そして力強く
最後まで前向きな気持ちで生きられた人
なのではないか

そう思うわけです。

ちょっと風邪とか
どこか痛くても
武道をやると
治ってしまうという経験を
よくします。

今は頻繁に練習していないと
その状態を維持できずに
休むといきなり風邪をひいたりしますが(笑)

いつか歳を取ったり体を壊したりして
できなくなる時が来るかもしれない。

しかしその時までには
武道を深く内面化して

練習をしていなくても
強さと免疫力と
前向きな心を維持できるようになる、

それが今の目標でもあります。
2017年01月01日 00:00

「習うことについて」

もう10月も終わりに近くなり
夏が過ぎると早いですね。

歳とともに、1年がどんどん早くなります。

歯科医になって20数年、
やっと落ち着いてきたかなあという思いもありますが、

まだまだ勉強しなければならないこともたくさんあります。

奥の深い世界で
なんというか、
ロマンがあるというか

そういう分野で、よかったです。

歯科学のなかでも
いまだによくわかっていない分野もあります。

それは、
「かみ合わせ」のような
日々の臨床に直結しているのに
じつはあまりよくわかっていない
そういったものがあります。

いくつかのグループが
自分たちの理論こそが正しいと
主張しあい続けて
結局証明できずに
うやむやのままになっている

正解はいくつかある可能性もあります。
でももっとも合理的で無理のない正解はどれか。
その答えを持っていて、そしてそれを教えられる人は
ひょんなところにいるかもしれません。

世界の様々な理論の提唱者の臨床を実地で見てきて
一緒に仕事をしてきて
その後、最も合理的な答えを見つけて
それを日々自分の手を動かして
実現している人

本物かどうかは、その人に習った人が
結果を出せるかどうかを
みればわかります。

今はそういう人のもとにも
研修に行っていまして、

そこはずいぶん下町にある
えらく古い感じの建物で
機械など何もかにも
まあ、古いというか

でもその理論に
希望を感じるわけです。
最高を提供できる可能性を


以前、こんな話を読みました。

日本人で世界的に有名な、とある心臓外科医が
ある手術法を改良するに当たり
悩みます。

すでに答えは教科書にはのっていないわけです。

そして彼はある日、とある筋からヒントを得ます。
その答えはもしかしたら
スペインにいる天才とも、変人とも言われ
学会から無視されている
心臓病理学者が持っている可能性がある。

彼はスペインに飛び
気難しげな顔の病理学者を訪ねる。

彼は病理学者の妻に言います。
ご迷惑かもしれませんが、御主人にどうしても教えていただきたい

妻は答えます。

よく来てくださったわ。
主人はあなたのように一人で飛び込んでくる人が
大好きなんです。
遠慮なくなんでも聞いてください。
それが一番嬉しいのよ、と


物事を習う以上
礼を尽くして習い、
腹を括って
質問するわけです。
(腹を括るというのは
正しい日本語でないらしいですが)

自分が成長してくると
若いころのように
何もかもが素晴らしいお手本など
いなくなります。

若い先生の時などは
見えてしまうこともある。
でもそこでああだめだと
思ってしまうと
学べないわけです。

素晴らしいところをしっかり見て
時にそれが見えるまで待って
そして学び取る

そういう、出会い
学びの場、距離感、そして
その空気感


そういう場にいることができて
本当によかったと
思うわけです。
2016年10月20日 00:00

「”鈍感力”について」

患者さんの噛み合わせの問題が複雑化すると
難症例になることがあります。

顎の関節が健康ならば
噛み合わせを決める事は
あまり難しいことではないのですが

例えば古いブリッジや入れ歯で
ずれた噛み合わせのまま
何年も我慢していた患者さんの場合、

関節の位置がずれてしまっています。
そのずれは関節そのものだけでなく
その周囲の筋肉の動きや
靭帯の長さも、ずれてしまっています。

そのような場合
まず仮の入れ歯を入れて咬めるようにして
経過を見てゆきます。

そうすると徐々に健康な噛み合わせの位置に
関節が戻ってゆきます。
でも今度は仮の入れ歯が合わなくなってきて
口の中の粘膜に当たって痛くなります。

痛くなったらまた調整します。
そうしたらまたさらに関節がいい位置に近づいて
さらにまた入れ歯が当たってきます。

これの繰り返しですが
最後には関節がしっくりとした位置に戻って
安定した噛み合わせになって
入れ歯も安定します。

こうなるまでが勝負です。
患者さんには十分に説明してから始めますが
何度も痛くなると「どうなってるの」と
思われます。

クレームも言いたくなるでしょう。
これはしょうがない過程なのですが
その気持ちもわかります。

ここで大事な事は
患者さんのクレームに対して
医者が一緒にエキサイトしないことです。
そうしてしまうと医師ー患者関係が悪化して
治療が最後まで行きません。

正直先が見えない事もあります。
いい状態に向かっている証拠ではありますが
毎回のように痛みが出る
患者さんは不安になり、
クレームを言うのも当然です。
医者も一生懸命やっているのですが
「こっちも一生懸命なんですよ!」なんて
言いません。丁寧に説明して、
しっかり慎重に治療を続けるだけです。

ただし疲れている時など
感情的に反応してしまいそうになる事もあります。
微妙に表情や態度に出てしまう事もあり、
まだまだ修行が足りません。
そこは忍耐ですね。

自分の感情は置いておいて
問題の解決に集中しないといけないですね。

患者さんの痛みには敏感で
自分の痛みには鈍感であろうとすることは
時に大変ですが
何の仕事でもそうかもしれませんね。

いつもの話に戻ってしまいますが
自分の痛みに多少鈍感になる為に
武道をやっているようなところもあります。

雪の日に座禅をしたり
体のあちこちにアザを作って来たり
擦り傷で血の付いた道着を
洗濯に出したりすると
家族に「体にいいからやってんじゃないの???」
と聞かれる事があります

診療にさしさわる怪我は本末転倒ですが
そうでない範囲の多少の厳しさは
やっぱり必要なんだと思います。

優れた武道の指導者は本当にその辺の
さじ加減がすごいなあと
思ったりします。
2015年04月01日 00:00

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