~かけがえのない歯を大切にする治療、価値ある治療結果、そしてつらくない治療をめざしています~

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日々雑感

予防的ということ

審美と関係のない場合でも

矯正治療をすることがあります。

人の前歯は年齢とともに
歯並びが悪くなる傾向があります。

歯並びが悪くなってくると
いろいろなことが起こってきます。

その中の一つに
粘膜を噛む、というのがあります。

食事中など、しょっちゅう
唇をいきなり噛んでしまう

その治療として
歯の形を修正したり
さらには
矯正まで行うことがあります。

粘膜に対する慢性的な外傷は
癌を引き起こすことがあるからです。

口腔癌になれば
人生が変わってしまいます。

矯正治療は
費用も時間もかかりますが
感謝していただけます

なぜなら
運命を変える治療だからです。


一方で
予防的治療は
やるべきでない
割に合わないという
医師もいます。

病気になってさんざん患者さんが後悔してから
スーパーテクニックで治したほうが
感謝されると(?)

ひどい話みたいですが
一理あります

予防的治療も
治療ですので
リスクも伴います

どんな大きなトラブルを回避できたとしても
患者さんがその価値を心から認めていなければ
「本当にやる必要があったのか」
「削る必要があったのか」「お金かけすぎたんじゃないか」
とかいう話になります。

もちろん画像や映像などで説明はつくしますし
患者さんが、ではやってください、と言わない治療は
するわけがないのですが

過去に歯で苦労した人ほど
やりたくないと思っている

でもやらなければ
数多の患者さんを見てきた者として
歯列の崩壊が目に見えている

歯が割れたりひどい痛みになったりして
本当に凝りて助けを求めてくるまで待つか

侵襲が少なくて済むうちに対応する習慣を
苦手意識を克服してつけてもらうか

そこが技術だと思っています。
苦労することも多いですが


 

2022年02月22日 08:44

相対的ということ

人の幸福感は相対的です。

本当なら
生きていることにも
きれいな水が飲めることにも
寒くない家に住めるだけでも
いろんなたくさんのことに
どこも痛くないときは、小さな石を靴の中に入れて、歩きなさい
2022年02月20日 15:23

期待値について

最近ではお店でも、病院でも
ホームページなどで
「期待値」を高め過ぎるのはいけないと
言われるようです。

期待され過ぎてしまうと
いろいろなことが起きてきます。

ところで最近、
近所の
昔からある街中華屋に行ったのですが、
なんとも

量はあるけど
味もすごい美味しいわけでもなく、不味いわけでもなく
値段も安くもないけど、高いという程でもなく
そこそこお客さんも入っていて
まあなんと言うか

上手くやっているな、
と思いました。

飲食店は星評価などで
期待値が高まってしまうと
うるさい?人が集まってきます。

「安くて美味しい」なんて評価になってしまうと
大変です。

「そんなに安くない」「そんなに美味しくもない」
「…の味はいいけど…はちょっと」
「…がきれいじゃない」
「愛想が悪い」「サービスとしてどうなの」とか

わざわざ評価したい人たちの意見だけが
目立つことになります。

それまで
近隣の、働く人達のおなかを満たしてきた
街の中華屋が
ネット評価にさらされてしまうと
いい店でも
5点中2.5点とか
そういう感じになるのでしょうか

期待値を高めてわざわざやってきた人も
そういう人たちが来店したお店も
どちらも
なんだかハッピーじゃない、という状態になります

最近は歯科医院のホームページでも
最小限の情報にして
わざわざかっこいい、好感度なものには
しない医院も多いです。

やはり来てくれた人からその知人への口コミというのが
良いのかもしれません。




 
2022年02月20日 14:19

タイミングについて

昔ある100歳近い高齢の患者様の総入れ歯を作りました。

普段は施設に入ってらして
入れ歯でさんざん苦労をしていて、
いくら作ってもダメだとのことで
紹介を受けました。
噛めない入れ歯で
入れたり外したり
何とか生活してらっしゃいました。

拝見すると、確かにかなり難しい状態でしたが
なんとか苦労して
総入れ歯を作りました。

そして口の中に入れると
はっ、とした感じで

いきなり元気な感じになり
歩く姿も変わり
しゃべっているうちに
あれ、この人こんなに背が高かったの?
というくらい姿勢も変わりました。

そのあといろいろ雑談をしたのですが
そのシャープさの変化というか

自分がノルウェーのトロムソでオーロラを見た時の
話をすると
「そうすると、コペンハーゲン乗り換えよね」
とか
なんだかびっくりする感じにかわり
費用も気持ちよく払っていただき

自分も、やってよかったなあ、と
つくづく思っていたのですが、

しばらくして
骨折して
寝たきりになってしまいました。
そして数日で
亡くなってしまいました。

その時に
「ああ、間に合わなかった」
と思いました。

もっと早く対応していれば
状況は違うものになっていたかもしれません。

タイミングは大事です
なんでも治療すればいい、というものではありませんが
しなかった時の代償も決して
小さなものではないことが多い
ということを知っておく必要もあります。

亡くなられた後
そのお顔を拝見した親戚の方が
とても美しいお顔だったと
先生が苦労されてたのは
そのためだったのですね、と言っていただき

そのためだけではないですが
でも少なくとも
その点では
苦労して作ってよかったと思いました。







 
2022年01月17日 10:19

「治療しない」選択

まれにご高齢の歯科医で
自分の口の中に
虫歯があっても
何十年も
治療せず、放置したという
人達がいます。

虫歯があることには
当然気づいているのですが
治療せず、
痛くなっても何とか薬などで
その時期を乗り切り

虫歯が拡大し
歯髄が死んで
根の先に炎症が生じ

さらに虫歯が拡大して残根状態になり
ついに歯が割れて
それでも放置して

おそらく隣の歯が歯のない部分に倒れこみ
反対側の歯は伸びてしまい
噛み合わせのバランスも崩れているでしょう
負担過多でその周りの歯も痛んだかもしれません。

治療しないことに決めたのだ
と言ってました。
まあ元気そうですが

昔は歯の炎症で亡くなる人もいたわけですが
今は抗生物質があるので
特別な事情がない限り
亡くなることはないと思います。

腫れたり痛んだり、
いろいろ大変なこともあったのだと思います。
免疫力も、噛み合わせの変化などへの体の適応能力も、
運もよかったのかもしれません。
生体は時に驚くほどの適応能力を示すこともあります。

でもこの
「治療しない」という選択は
すべての事を「受け入れられる」、「我慢できる」人にしか
おすすめできません。

治療しなかったらどうなるか、
それを受け入れる考え方もある、という話は
治療方針の相談の際に
私から聞いた患者様も
いると思います。

ごく小さな虫歯に対する戦略
グレーゾーンの歯の治療に対する考え方
以前にもブログで書きましたが

ただ多くの場合
虫歯の放置は
おすすめできることではありません。

いろんなことを受け入れていくことを
「自然派」な考えてとして
良しとする向きも世間にはありますが

虫歯の放置は
ちょっと違う気もします。

人類が炭水化物を加熱調理して
虫歯を作るようになってから
大して時間がたっていません

生命の進化の歴史から見てです。

虫歯を作る状況こそが
生物にとって不自然であり、

私が考える最も「自然派」な方法は
虫歯の穴を小さいうちに最小限の充填で治療し
できるだけ
天然の歯質を残すことだと考えます。




 
2022年01月16日 23:18

認知について(fear-avoidance model)

腰痛などが長引く場合
心理的要因として
恐怖ー回避モデル(fear-avoidance model)が
形成されていることがあります。

腰の痛みなどを経験した後に、

ネットなどで脅迫的な情報を集めてしまったり
ネガティブな感情を持つことにより
悲観的な解釈をしてしまい

痛みへの不安、恐れがさらに強くなり

過剰な警戒、運動の回避につながり

結局、身体機能の萎縮
うつ傾向などが生じ

体力的・精神的に
さらに状況が悪化します。

そこでその状況を打破しようと
動いてみても

低下した体力、悪化した精神状態により
再び痛みなどさらに強い不快体験をしてしまい

やっぱり駄目だったと

やればまたひどい目に合うんじゃないか、と感じ

さらに状況が悪化します。


このモデルは
引きこもりや
歯科恐怖症にも
当てはまります。

よくあるある噛み合わせの問題とか

(皆さんは以下のテストはやらないで下さい)
例えば上下の歯を噛み合わせて
ギューッと噛み締めると
どこか痛い歯、痛くなりそうな歯が
誰でもあると思います。

歯は割れることもあるので
危ないので皆さんはやらないでください。
割れた歯は戻りませんので。

特に神経のない歯がある方

普通の状態でも
いざ思いっきり噛んでみると
痛い場所があったりします。

普段は無意識のうちに
問題のある場所を
避けて食べているのです。

ところが過去の経験で
歯の治療を受けて
その後に痛みなどで大変な思いをした方は

歯科への信用を失っており
治療すれば、また大変な思いをするのではないか
という、恐れ、不安を持っています。

過剰な警戒から
いろいろ試してしまって

ギューッと噛んだ時に
改めて痛い歯など
新たな問題に気づいてしまう

ここの治療をしたら、
こっちが痛くなってしまった、みたいな

(もちろん因果関係がある場合もありますが)

この悪循環を断ち切る方法ですが

どう見てもこの虫歯はトラブルなく
治療できるだろう、と
思われるような
小さな虫歯の治療などから
徐々にはじめて
小さな成功体験を積み重ねていってもらう 

この方法を当院ではよく行います。
(緊急治療があればそちらを優先しますが)

多くの場合、
あの恐怖感は何だったの?というくらいに
なっていただけることが多いです

その他の方法として
認知行動療法といった心理療法、
抗うつ薬の使用などもあるようです。
















 

2022年01月11日 13:49

新年

新年あけましておめでとうございます。

今年も方向性を大事に、アップデートを心がけて
行きたいと考えております。

昨日は休日急患診療所で診療していました。
今日は診療室で診療の準備などです。

休みでも結局職場に来てしまっていることが多くて、
本当はこういうことではいけないのかもしれませんが

私の知り合いで腕のいい技工士さんがいて
仕事の時はキリっとしているらしいですが
休みで家にいると
朝からお酒を飲んでしまったりと
あまりのグウタラぶりに
奥様がかなり心配していました。

仕事のできる人には
バランスが悪い人も多いと感じます
大胆過ぎて繊細過ぎるとか

(朝から酒はかなり問題ですが、)

「第一流の人物はどこか普通の人の型に
嵌らぬものがなければならぬ」

(安岡正篤氏)


多少のバランスの悪さは
それでいいのかもしれません。


以前ブログに書きましたが
フランスの哲学者でボルテールという人の言葉だそうです。
「仕事は私たちを疲労と邪悪と欲求から守ってくれる。」

誰かのため
(自分のため、でもいいかもしれません)に
何かをやることが
人にとっていかに大事か
を感じます。

ということで
本年もよろしくお願いいたします。
 

2022年01月03日 11:54

運動不足、感動不足

年末の大掃除で
ラジオを聴きながら部屋を片付けていると
認知症の方たちのネットワークについての
番組をやっていました。

認知症患者の介護者の
ネットワークではありません。
認知症患者自身によるものです。

その出演者の皆さんの
前向きな姿勢
明るさに驚きました。

自身の認知症という病気特有の
問題に対する
様々な配慮や工夫を共有しながら
働き続けていたり
生きがいのある人生を
切り開き続けている

認知症患者数の将来予測は
一概には難しいようですが
一説によると
2050年代に約1千万人近くなる?

日本の人口が減ってゆくのに
何分の一が認知症患者になるのでしょう。

認知症と診断されたら
大変なショックを受けるでしょうし
今後を悲観するのは
当然だと思います。

しかし認知症は
不治の病ではありますが
その進行を遅らせることもできるし
死ぬ病ではありません

認知症と診断されても
いかにその進行を遅らせるか、

誰かのために、自分のために
いかに生きがいある、感動のある
人生を送るか

聖路加の日野原先生が言ってらしたらしいですが
運動不足より深刻なものは
「感動不足」かもしれません。

ご老人で認知症でも明るい患者様を見ていて思うのは
彼らは見たことをすぐ忘れてしまっても

同じ花なのに見るたびに
「きれいねー」と感動できる
初めて見るかのように、です

やがて国民の少なくない比率の人口が
認知症と診断されるようになるなら

もはや認知症という病気でなく
「認知障害を持つ人」として

社会多様性の中で
お互い注意点を共有しつつ
社会の一翼を担っていく、というのも
ありなのではないのか

そう思いました。



 
2021年12月31日 19:37

平均寿命、健康寿命

日本人の平均寿命は
男性82歳、女性が88歳です。

医療へのアクセスが良く
健康志向の方が多い地域では
男女問わず
90近くでも元気、という方々が
多くいらっしゃいます。

一方で日本の平均
「健康寿命」は
男性72歳、女性75歳とされています。
その年齢以降は
日常生活に支障となる何らかの健康問題を
抱えるわけです。

当院にも
お気の毒なことに
ご高齢で、歯も良い状態でなく
お口を拝見すると
「これは噛めないな」と思うような
方が時々受診されます。

そういう方の
「歯列全体」を治療して
しっかり噛めるように、
しっかりしゃべれるように
して差し上げると、失礼な話ながら

「この人こんなにしっかりした人だったの?」
と思うくらい元気になり
びっくりすることが
非常に良くあります。

姿勢や表情や判断力などの性格まで
10年、15年くらい若返ったんじゃないかな
と思うくらい

生物にとって歯がいかに重要なものか
実感します。

そういう方々は
もともと歯医者に行っていなかった、のではなく
歯医者には通っていたが
もうご高齢だからと
抜本的な改善をせず
「とりあえずの」治療を繰り返していた

そういう方が多いように思います。
歯科医側も遠慮していたのかもしれません。

でも私は
歯科医側が勝手に遠慮するのは
良くないと思います。

その「とりあえず」では解決しなかった
抜本的な噛み合わせの改善が
残りの人生の質も、長ささえも左右するほどの
重要な問題に
なることがあるからです。

患者様にとって歯科医はプロフェッショナルです。
プロに「やめときましょうか」と言われたら
患者様は「そうか、そういうものなのか」と
思ってしまうかもしれません。

患者様は根本的な歯科治療の先に
驚くような生活の質の改善の可能性があるなど
知る由もないのです。

ご高齢になってしまうと
治療ができる健康状態なのか、
という問題もあります。
全体の治療には半年とか1年とか時間もかかります。
通う体力も必要でしょう。
もちろん患者様のご希望もあります。

ちゃんと噛めず
体力も低下したご高齢の患者様がいらしたとき
大変失礼な話ですが
「はたして間に合うか」
と思うことがあります。
時間的にも
その方のお気持ちの問題も含めてです。

歯科医が勝手に遠慮することなく提案し

健康寿命を延ばして
平均寿命との差を縮めるのも
歯科の役割と考えています。



 
2021年12月13日 12:00

そぐわないこと

仕事上の事務的なコミュニケーションでは
SNSは非常に便利ですが

ここで「最近の若い人は」とかいうと
歳を取った証かもしれません

最近は武道場でも
若者が「みんながSNSで繋がり
即時的なコミュニケーションがあれば
何とかなる」
と思っていることについて

少々残念というか
非常にもったいないと
感じています。

「即時」であることの
弊害というか

即時に
「それはどういう意味ですか?」と
質問する人は
そもそも理解する気がないのではないか
と思うときもあります。

心の琴線に触れれば
一瞬止まるはずですし

そこで出るべきか
「ひかえる」べきか

それができるか
できないかの違いが
大事ではないか、と思うのです。

たとえ琴線に触れなくても
その小さなきっかけを
空間的、立体的、
時間的にとらえて
ふくらませるような

いわゆる
「もったいぶる」ことの
大切さ

空気感と言いますか
最近の風潮とは真逆かもしれませんが
極めて日本的な
場の雰囲気づくり

そういうことをとことん
道場でやるべきだと思っています。

気安く、上下関係もなく
皆が仲良しであればいいとは
思っていません。

自らわきまえて
心を澄ませて
見ようとしなければ
見えないことを拾うような稽古

いずれそういう態度を
伝える指導ができるようになれたら
いいなあと思います。

武道場であれ、
実社会でもそうかと思いますが
経験は成長の糧であり

小さな手掛かりを拾って
持っておいて
ふくらませられるか
ふくらませられないかの違いは
大きいのではないかと感じます。

師であれ、同僚であれ
はっきり伝えられない言葉には
「そういう意味」があり

特に優れた指導者の言葉や態度には
後から創造性を爆発させるスイッチが
秘められていることも多いように感じます

すぐには理解できなくても
「拾って」おいて
結論を棚上げし
時間をかけて
小さなきっかけの価値を
最大化するような

道場はそういう感性や
思いを、
磨く場所なのではないか、と
勝手にですが、感じています。



 
2021年12月09日 05:52

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